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何是ホームページやブログを書くんだろう? 私は。

 
主題、いまさらなにげに?
人により、企業や団体により様々だと思いますが、振り返って私の場合をもう一度考えてみたいと思います。

それは今日の新聞でリタイヤ後の人生でやりたいことの一番がボランティアだというのです。そのボランティアを長く、継続するのは有償ボランティアが一番だといいます。私もそう思う。

自分が知り得た事、みんなに知って欲しい事、決して自分の利を考えず人が喜んでくれる事、ホームページやブログを見て決して自慢ではなく、他の人が少しほんの少しでも役に立ったと思われる様な記事を書きたいと思います。

それでもたわいの無いことを書く事もあり、不満を書いて見たり自分の都合の悪いことは書かなかったりする事もあるやも知れません。間違いや、書かないほうが良いと後に読み返して削除したり修正したり、より正確に自分自身の考え、自分の言葉で書きたいと思います。
まだ残っている柿の色づいた葉

| なんとなく思う事 | 10:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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時代は変わる

 数年前といっても、もう10年以上前からかも知れない。選択と集中という経営戦略。シェアトップで無ければ生き残れない。そのためには限られた経営資源を伸びると思われる分野に集中投資するという事である。

その手法に急展開したあるメーカーはその創業からの経営理念に

【いたずらに規模のみを追わず、誠意と独自の技術を持って、広く世界の文化と福祉の向上に貢献する。・・・】

 の社是がある。他メーカーが海外に活路を求めているとき国内に部品からの一括生産工場を建設し事業を開始したときから猪突猛進が始まった。

しかし当時からシェアナンバーワン以下との技術の差は微差しかなくナンバーワンを守るには莫大な投資を永遠に続けるしかないといわれていた。

液晶と太陽光発電への急激な傾斜、一時期は世界ナンバーワンと誇示していた。しかしそれはたった1,2年しか続かなかった。それでもオンリーワン戦略に磨きをかけるんだと当時の社長は胸を張っていた。退いた後もいつの間にか社内では天皇と呼ばれるようになっていた。

さらに巨大工場を建設したときには既に韓国メーカーに大きく遅れをとっていた。開発世代を抜く事は不可能と思われていたのに需要がカバーしてくれると信じて。その需給バランスが崩れた。

社是は無借金経営であったはず。あの千里から天理への言葉は遠い昔。いま、その借金の総額を聞いてそら恐ろしくもなる。到底正常な数値に収まるはずの無い金額だと思ってしまう。もはや最悪シナリオから脱するためにはなりふりかまわず突き進むしか道は無いのだろうか?

ここに至るまで、素人が考えても方向転換が出来たタイミングはあったはず。奈落の底に導いてしまった経営陣の責任は重い。

| なんとなく思う事 | 22:34 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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北海道は開拓の歴史

サロベツ原野にたたずむ廃屋と巨大笠雲が離れた利尻富士 

 稚内天塩線の海岸道路から見る心に残る風景です。 
北海道の雄大な景色の中で所どころに見る原野に埋もれようとしている廃屋が目に焼きついている。

北海道に限らず日本全国、山間僻地での廃屋は毎年増加の一途である。しかし北海道は内地とは異なる厳しくも悲しい開拓民の歴史がある。屯田兵、明治初期の廃藩置県や江戸幕府の崩壊、網走監獄の囚人による開拓の話、また、内地からの開拓民の新天地を求めての移住、戦後の北方領土からの引き上げなど枚挙にいとまがない。

全国至るところから開拓民が移住した。太平洋戦争後に至るまで明るい将来成功の夢を見て開拓に従事した重い歴史がある。北海道の至るところで自然に埋もれようとしている歴史遺産、廃墟を見るにつけ先人の艱難辛苦を思わざるを得ない。様々な開拓の歴史はドラマや映画で少しは知っているつもりでいた。

数年前、旭川在住の移住3世?くらいの方がルーツを訪ねて四国徳島を訪問された。残念ながら現住の方の特定には至らなかった様ですがでもその方のご家族は多分成功されて北海道旭川の地に子孫を残されている。その方とメールのやり取りをし、ルーツ探しにお手伝いをさせていただいたのだが、私の出身実家は分家。本家は明治初期に朝鮮へ移住し夢破れ戦後故郷に帰郷したが居所がなく、北海道に夢を繋ぎ移住したそうである。

今でも判然とはしないがその方の奥様の実家とルーツが共通しているのかも知れない。今回は訪ねることはしなかったが、そうした悲しくも厳然とした歴史が詰まった北海道なのである。 夏の北海道では廃屋くらいでしか想像できないのだが。


| なんとなく思う事 | 22:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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共助の精神かも?

 現役を退いた後、解からない事、知らない事など調べたい事があれば最近は殆どインターネット検索で事足りてしまう。またそうして済ましてしまっています。

本もあまり買って読まなくなってしまった。昨年調べ物で図書館へ行ったのは3回ですが、調べ物をするより、往復のウォーキングがてらでありました。

HPを開設する前はそういうネット情報を得る側でしたし今でもそうしています。しかし私も多少情報を提供できる側に立って見たいと思ってHPを立ち上げました。HPの内容はその道のプロとは到底言えませんし、どちらかというと活用事例といった類に相当するものと思います。

ページの内容は現役時代の仕事の関連は少なく、趣味に近い事柄が殆どです。今でも私を生かしてくれた仕事は苦しいことがあっても楽しい思い出もたくさんありましたが、それをHPの内容とは何故だかしたくは無いのです。しかし仕事を取ったら何も残らない自分ではいやになります。自分の人生は仕事だけだったのかとの思いでしょうか。
 それでもやはり、歳を無駄に喰ってやることが無くなり、健康には不安を抱えながらも暇をもてあまし気味になり、ボランティアで外で活動するほどではない身であればHPを使いほんの僅かでも世間の皆様にお役に立つ事が出来ればと思います。

気まぐれでそう思わなくなったらいつ、突然に消えてなくなるかも知れません。それがネットの世界の様です。でも逆にネットゴミが異常に増加しているのも事実かも知れません。ある年限更新されないHPはごみ化してしまいます。情報インフラは限りがあります。ゴミの中から光る物を見つけた喜びも無い事は無いのですが私もゴミにならないように気をつけます。

| なんとなく思う事 | 09:31 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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 絆。今年の漢字。他人を思いやる心が絆を保つ。

自分と相手の立場は全く同様であることはない。どんな場合でも絶対的にどちらかが優位な立場に立つ事はあってはならない。客観的に判定する事もできない。そこでどんな場合でも相手を尊重した"思いやり"が必要となる。

世間には思いやりの無い平気で他人を傷つける人もいる。そんな人にいちいち腹を立てても仕方が無いとは思う。

思いやりの無い人に腹を立てても自分がいやな思いをするだけで、その人に反論したり、反感を持っても損な思いをするのは自分の方である。決して反論したり、反感を持っても癒される事はない。しかし、そう思っても付き合わずに済ますことが出来ないのが世間である。

職場や近隣関係でもある。いやでも何らかの返答を迫られる事もある。そんなときは無理して、嘘ついても同意しなければならない時もあった。回答しない、考えておきます、とか曖昧な言葉も。

”誰に聞いてもらっても自分は正しい”などと思わないほうが良い。相手も多分自分は正しい事を言っていると間違いなく思っている。全く常識はずれ、不法な事柄なら論外ですが。

しかし、しかし人間は感情の動物。聖人君子でもあるまいし、いやなことを言われて気分を害さない人間はいない。私も他人の言の葉に腹を立てるなど、しょっちゅうである。

聖人君子なら、相手のいやな思いやりの無い言葉や要求などに柳のように流暢に受け流すことが出来るのだろうし、立派な考え方も出来るのだろう。私のような俗人にはそうは行かない。いやな思いをしたあと長い時間気分が滅入ったまま過ごすことが多い。

最近は二つの方法で忘れるようにしている。

◎一つ目 感情的になったときはある人に教えられただが深呼吸をする、何か話さなければならないとき無理に適当な言葉を話さずにまだ無言でいたほうが良い。自分の心の中で思いやりの無い、勝手な人だと思うのは自由だが相手を非難する言葉を出すと後を引く。自分もいやな思いをするだけなので、まだ無言で通すほうがよい。冗談ではなく、血圧が上がる。脳血管が切れる。

◎二つ目 お店など疎遠になっても問題が無ければさっさと縁を切ればよい。他人にいやな思いを押し付ける人は因果応報良くない人生を歩む人である。事務的な付き合いをすればよい。

今年一年様々なことに腹を立てたり、いやな思いをすることがあった。来年こそ平穏に暮らしたいと思うのですが、なにかもっと激動の年にならないか暗い心配ばかり。

| なんとなく思う事 | 17:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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早いものでもう年末 坂の上の雲

 12月も半ば、街中にはクリスマスソングがあふれ、私のホームページもアクセスされるページはお正月用のかぶら寿司にアクセスが急加速しています。私の蕪寿司の準備は明日からです。大かぶ、ぶり、鯖、鮭を使います。

テレビも”江”が終わり、坂の上の雲が始まりました。主題歌がどうも変で、素人臭い歌い手。当初主題歌を歌う外人であるサラブライトマンに何故謳わせるのかとNHKに批判が寄せられたという。その記事をどこかで見たのはNET上でしたがそんなことでまさか歌手が変更になるとは思っていませんでした。

それでもサラブライトマンより遥かにうまくてこころを打つ歌唱力なら誰も文句は言わないだろうが、わたしは音楽や歌唱に付いて詳しく語ることなど出来ませんが、私には残念ながらサラブライトマンの透明感ある切々と歌い上げた歌唱が遥かに上質であると思います。

NHK自身の他の番組内で歌手は作曲された久石譲氏の娘さんであるとの事をたまたま私は知りました。芸能界、歌手などなんと縁故が多いことかへたくそだとは思いませんし、麻衣さんは他にも謳っている曲はたくさんあるそうですが、この曲だけは歌って欲しくなかった。

親の七光と言われても仕方がないし、NHKの姿勢にも問題があると思います。広い意味でコンプライアンス違反です。

youtubeで検索して比較しながら聞いて見てください。歌唱力だけでなく批判されたサラの日本語発音が逆にはっきり新鮮に聞えます。

| なんとなく思う事 | 21:53 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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今年もお盆

 熱い、暑い日が続いております。皆様お元気ですか?

今の時期気持ちは高揚しています。東日本震災の事。熱闘甲子園。原爆の事。終戦のこと。阿波踊りの徳島の夏。親兄弟を思うこと。

私も何とか元気に致しております。まあ年齢相応の体調だと思います。

今年もお盆の徳島への帰省はしません。元気なうちは親兄弟の墓参りはせねばならないと考えてはおります。ちょっと落ち着いた9月頃にでもと思っています。

昨年夏よりこれでも少し気温は低いように思います。朝晩は温度も下がり、眠れないほどの暑さではありません。

キンモクセイの幹、枝に大きな蝉の抜け殻が5個も残されていました。今年蝉の鳴くのは遅かったように思いますが今は朝早くから、クマゼミ、アブラゼミが団地にも大合唱です。我が家の山紅葉も直径30センチほどの大木になり、クロガネモチややまももと共に蝉の止まり木になっているようです。

毎年我が家ではエアコンはめったにつけないのですが、今年は節電の夏。それでなくとも経費節電の夏でもあります。やせ我慢でなく扇風機は2台がフル運転です。

私の近況は最近ウォーキングはサボリ気味。でも家の家事は結構家内の領域を侵犯してはおります。エブリィの改造や車中泊グッズ作りに汗を流しています。木工は力仕事です。いや電動工具を使わなければですが。

改めて 暑中お見舞い申し上げます。

| なんとなく思う事 | 10:26 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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思い出の映像

 時代にブレーキを掛けたいと思う。誰でも歳を喰うと昔は良かった、それに比べると今は。。。と思う。

昭和40年代の個人を記録する映像は8ミリフィルムが少しづつ普及してきました。今のデジタル時代の品位でたとえれば320*200ドット足らずくらいしかありません。

私の撮り貯めていた8ミリフィルムは2004年にデジタル化して保存してあります。時々観ています。今の時代はハイビジョンで、劣化する事のないデジタル映像。美しい映像で感動するのですが、心が伝わらない気がする。劣化しかかった色あせたおぼろげな映像だからこそ感動するのかもしれない。

昨年96歳でなくなられた方が南予の警察署を定年退職される際に8ミリフィルムで思い出の映像を残されておりました。

 縁があって私がデジタル化のお手伝いをさせていただきました。退職直前に仲人をされた映像や、自衛隊の潜水艦に乗船される映像。新年の出初式、観閲式、最後のご自分の送別会と2次会のスナックのダウンライト。

私の涙腺が緩くなるのはおかしいかも知れませんが、映写機のカタカタの音と共に再生される昭和40年頃の映像に感動し、当時の車、建物、衣服など自分の青春時代と重ね合わせておりました。

DVDに当時流行したBGMと共に保存し、親族にお渡ししましたが号泣されたそうです。

| なんとなく思う事 | 10:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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喰う 寝る 遊ぶ


町内会の任期はまだ来年3月まで。主な行事は既に終了した。肩の荷が取れてほっとしているところです。


前にも触れましたが再びやることの無い、老人に返りました。夕方の歩きも途絶えがち、タイトルの如きに成り果てています。


体重も57kg台から59kg台へ増加。11月はじめからの咳が止まらない。とりあえず体調を戻さなくてはならないのだが。

| なんとなく思う事 | 09:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大人と子ども、老人

世代が違うと遊びの世界でもその重要さや思い入れに違いが出てくる。


子どもはそれが出来ないとダダを捏ねる。そして泣く。


大人はたかが遊びとあっさりあきらめる。


老人は子どもに帰る。しかし、始末に終えないのは攻撃的になること。平気で後先を考えずに事実を確認せず他人を批判したり感情を抑えられずに爆発させてしまう。


老人は赤ちゃんに帰る。とよく言われること。それならいいが、老い先短くなるとさびしくなる。涙もろくなり、感情が悲しみから怒りに変じる。うつ症状なら他人には迷惑をかけないが怒りは子どもと違って始末に終えない。


区民運動会での出来事。やってられないよホントニ。


芦田川西河川敷から月が昇る風景


という私もその域に近いか、もう到達しているのかも。だが老人会には死んでも入らない。


 


| なんとなく思う事 | 06:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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